2012年01月27日

絆とか頑張ろうとか

頑張らなくてもいいとかなんとかかんとか。


高校の同級生が亡くなった。


年末に知らせを受けたときはすでに葬儀が終わっており、
お別れの会も地方公演で行かれなかった。

年が明けて少し時間も経ったので、ご両親に電話をして
実家に帰るその足でお参りさせてもらうことに。

覚えている限り、その駅で降りたことはなかった。
改札を出て改めて電話すると途中まで迎えに来てくれるとのこと。
病院脇の急な坂道を登り、地図を見ながらウロウロしていると
向こうからそれらしき女性が歩いてきた。

「斉藤さんですか」
「はい、お母様ですか」

地図を見ながら探して伺いますと言ったものの、
やはり迎えに来てもらってよかった。

広い団地の中から家を探すのに苦労したはずだ。
バスの本数は少なく、最寄りの駅から大人の足でも15分はかかる。
お母さんはご近所さんと挨拶を交わしながら案内をしてくれた。

家に着くとお父さんが出迎えてくれた。

「すみませんね、散らかっていて」

カーペット張りの廊下から居間へ通された。
遺影が微笑んでいる。というよりは笑っている。
そうだ。よく笑う、大きい口だった。

彼はサッカー部だったが、ギターも好きだったらしく、
入学して間もなくバンドもやりたいと言い出し、
僕を含むブラバンの3人が駆り出され、結局ベースを担当することになった。

高校を卒業してあまり連絡を取ることは無くなったが、
まだ音楽を続けていることは噂に聞いていた。

3年間クラス替えのない高校だったのでみんな仲が良く、
1年ほど前の忘年会で久々に再会したときには
自主製作のCDをみんなに手売りをしていた。
みんな半ば強制的に買わされて文句を言いつつも盛り上がったのはつい最近のことだ。

そんな思い出話や、僕が役者をしていること、
彼が「今度コラボしようぜ」と忘年会以降に数回電話をしてきたこと、
震災の話やら関係のない、たわいのない話までしているうちに1時間は経ってしまった。

そろそろ切り上げなければと思った時、
話の流れで妹がいたことを思い出し、口にすると一瞬ご両親の顔が曇った。

「実は娘も数年前に亡くなりまして」

そう言いながらお母さんはテーブルの下から風呂敷に包んだ遺影を出して見せてくれた。

これには言葉が出なかった。

妹がいれば助けになるかもしれないと思って話題にしたのに全くの予想外だった。
お父さんが「楽にしてください」と何度も言うので、途中からあぐらをかいていたが、
思わず正座し直した。

彼は長いこと精神を病んで入退院を繰り返していたそうだが、
妹が亡くなって更に大きなショックを受けていたのだそうだ。

「親から順に死ぬのが普通ですけどね、うちは完全に真逆を行ってまして。あとは2人の人生を整理していくだけです」

想像もつかない経験をして涙腺がどうかしてしまったのだろう、
お母さんは泣くともなく涙を流していた。

「私と違って彼は優しかったですね、優しすぎたんですかね。音楽が好きでね。いい人生だったと思いますよ」

何度も同じセリフを繰り返すお父さん。



帰り道はお父さんが駅まで送ってくれた。
断ろうかとも思ったがここはありがたくお願いすることにした。

途中、リュックを背負った女性が駅への道を尋ねてきた。
近くにはハイキングやクライミングにちょうどいい山がある。
女性はその帰り道、迷ってしまったらしい。

「一緒に行きましょう」

お父さんを先頭に、僕らは3人連れだって駅へ向かった。

この人は僕とこの男性の関係を知らない。
僕がさっきまで何をしていたか、この人は知らないのだ。
なんとなく救われた気がした。


彼が亡くなったと聞いたとき、正直僕は涙が出なかった。
遺影を目にしてもなお、実感がわかなかった。
今でもそうだ。

そうか、いなくなったのか、と思うだけだ。

ただこうして、彼が40年にわたって慣れ親しんだ坂道を歩き、彼が住んでいた家を訪ね、彼を産んで育てたご両親に会い、話をして、彼が確かに生きていた痕跡に触れ、ご両親の苦悩を考えずにはいられなかった。

駅に着きハイキングの女性は礼を言って反対側のホームへ。
お父さんはまた坂道を上がっていく。
彼も通ったかもしれない幼稚園の脇を通り、公園を抜け、団地に出て、奥さんの待つ静かな家へ。



絆とか頑張ろうとか。

言葉だけウヨウヨさまよっている世の中を僕は信じない。

人はいつか死ぬ。

悲しいのは人間が死ぬことより、
大切な人をなくして悲しんでいる人をみることだ。

それが人間だ。


「ライブに行けばよかった」


クラスメイトとそんな言葉を交わした。

それは今だから言うのだ。

たぶん僕が死んでも

「ああ、斉藤の舞台を観に行けばよかった」

そう言われるんだと思う。

それでいいんだと思う。



玄関先で見送ってくれたお母さんがこう言った。

「いつか舞台を拝見したいですね、私たちが生きているあいだに」

精進しようと思う。

でも自分は自分のために。


それが誰かのためになっていれば
それほどうれしいことなない。
posted by Naoki Saitoh at 02:56| 日記