2012年11月23日

今日のそっくりさん

割り下とバリスタ。
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2012年11月22日

インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック ダンスカンパニー

ものすごく踊れる役者、あるいは芝居の上手いダンサー。

たぶんどっちでもいいんだろうな。

表現したければ、必要であれば、面白ければなんでもする。

「どや!」

っていうダンスよりこういう職人ぽいほうが面白い。

技術に裏打ちされているけれどそれをひけらかすこともなく。

本当にテクニックがある人はそれを見せようとはしない。

photo.jpg
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2012年11月21日

正体のわからないものを有難がる。

部屋を引き払うのに不動産屋から敷金の返金の見積もりを出されて
あまりにも少なかったので

「うちの親父が建築家なので知り合いの業者にリフォームを頼みます」

とカマかけたらほとんど返ってきたことがある。

うちの親父が設計技師なのは本当だし
その気になれば実際できたので別に脅しではない。

不動産屋には馴染みの業者がいるだろうし
それで商売が成り立っているんだろうけど
だったら最初の見積もりはなんだったのか。


深いとか歴史があるとかそういう慣習だからとか
慣れてしまったけどよく考えると腑に落ちないことは多い。

深ければいいのかと考える。

確かに自分で穴を深く掘ったら根を張って立っていられるかもしれないけど
ただ単にそこにある深い穴を覗いたら暗くて何も見えないだけだ。

そこには何もないかもしれないのに。

深くて暗いとなんだかわからなくてありがたいもの
と勘違いする人が多いらしい。

深イイ話もあれば浅イイ話もあるはず。

お宝は案外近くにあるのかもしれない。
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2012年11月20日

新し物好き

世の中には同じものが溢れている。

あっちにもこっちにも同じものを同じ値段ようなで売っている。

それで良し、とするときもあるけれど
同じものがありすぎて迷った挙句どうでもよくなることも多い。

新しいものは好きだけど流行ってしまうといやになる性格。

それでも限られた中で選ばなきゃならないときは
あっちこっち回ってみる。


最後は出会いと人柄で決まるんだな。


「どこで買っても同じ」

なのかもしれないけど、
こうして悩んでいる時が一番楽しんでいるのかもな。
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2012年11月19日

そういえば「探偵物語」に今は無き逗子海岸駅が映っていたような。

葉山をよく逗子市だと誤解する人がいるのですが違うんです。

秋谷のことを南葉山とか謳っている
不動産のチラシとか見ますが横須賀市でもないんです。

別に逗子とか横須賀に文句があるわけでもないですがね、
勘違いしている人がいたら訂正したくなるのは
地元民のこだわりといいますか、プライドといいますか。

この島はうちの領土だ、と外国から言われたら

「おいおいおい」

と言いたくなるのと一緒です。

まあ昔から合併とか吸収とか話はあったみたいですがね、
なんとか三浦郡葉山町を貫いてるんですね。

かつて京浜急行で「逗子海岸」という駅がありまして、
歩いて行かれる距離に「京浜逗子」がありまして、
子供心に「なんでこんなに近いんだろう」と思ってたら
どうやら京浜急行が三浦半島をぐるっと回る計画だったのを
葉山がストップしたそうなんです(うちの親父談)。

そのおかげで都心に出るには少々不便ですが
昔と風景もそんなに変わることなく
人々も温厚でのんびりと・・・

ちなみに「はやまちょう」でもなくて「はやままち」なんです。

まあ、いいんですがね・・・
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2012年11月18日

思いやりの心をとか、謙虚な気持ちでとか、人に迷惑をかけないように、とか。

それってどういうことでしょうね。

大切だとは思うけど、行きすぎると
「あなたのことを想って」
と自分の気持ちを押しつけてしまうことになる。

そういうときは大概、
「あなたのことを想って」る『私』のことを考えてほしいのだ。

逆に「迷惑だろうから」と他人と関わらず、
距離を取りすぎて一人思考の泥沼にはまってしまったり。

他人のことを第一に、ともいうけど
「自分」がなくては相手のことも考えられない。

僕はまず自分ありき、でいいと思う。

でも大切なのは相手をよく観察することと
こうしたらどうなると想像してみることだと思う。

そうすれば相手に近づいたらいいのか離れたらいいのか
見えてくるはずなんだな。

思いやりとか謙虚とか尊重とかはそこから自然に出てくるものだもの。


芝居をしているといかに普段の思考や行動が大切かがわかってくる。
「自分」を通してしか役にはなれないし
どうやったってそれは表に出てしまうものだから。

イタコみたいに憑依体質だったり、多重人格だったら違うかもしれないけど。
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2012年11月17日

ありがとう

声をよく覚えている。

思い込みかもしれないけど幼稚園の友達の声まで覚えている。
再現のしようがないけれど。

偶然再会したのは去年の夏だったか。
深貝さんが若手の劇団に客演するというので川崎の劇場に出かけて行った。

芝居自体も面白く、深貝さんのダメおやじっぷり(役的に)を
最前列で夢中になって見守っていた。

と、芝居のラストあたりで聞き覚えのある声。

エミさんだった。

何年ぶりだろうか。
ボーイズタイムの時によくメンバーとつるんで飲んだ。
若手に説教したり、酔って妙に色っぽくなったり、みんなの世話焼いてくれたり。
大阪での結婚式はメンバー全員で駆けつけてお祝いした。

僕は共演したことはないし、そんなに深い付き合いがあったわけでもない。
舞台も青山円形劇場で劇団の芝居を一度観ただけで、彼女の真骨頂を知るわけでもない。

でも皆さんの悲しみの声を聞くに、彼女が素晴らしい役者であったこと、
そしてみんなの姉さんだったことは間違いない。


終演後、楽屋で久しぶりに再会した。

「久しぶりです、元気ですか!?」

と聞いたとき、ちょっとポカーンとしていた気がする。
何か僕を透かして遠い先を見ていたような。

今思えば心中察するに余りあるが、
あのときの僕はなんとも無邪気だったに違いない。


逝ってしまった人は残された人を結びつける。

おせっかいとは思ったが、みんなに連絡した。
彼女を偲んで集まりたいと。

みんなが元気なうちに。
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2012年11月16日

ワークショップ覚書6

本番が差し迫っていなくても
こうして集まってワークショップができることはありがたい。

特に日本では稽古期間も本番も短く、
一度やったらはい次、ということが多い。

モノでもなんでも簡単に手に入って
すぐに答えが出て、わかりやすくて、身入りが多いことをよしとする。

だからこそこういう時間は貴重なのだ。


テキストリーディング。

数日間身体を動かしてきたので
言葉もすんなり出てきて、
すんなり入ってくるような気がした。

準備、すなわち日々の心がけっていうのは大切なのだなあ。
posted by Naoki Saitoh at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月15日

ワークショップ覚書5

ワーッとなってパーッと転換したい。

そう無責任に主催者が言うのでとりあえずやってみる。

それまでやってみたエクササイズを全部のせで
みんなに任せてみたら

・・・

面白い。


これをもう一回やろうとしてもできないのが
演劇の難しくも挑戦しがいのあるところ。

でも決まったセリフを何度も言うのが役者の役目。

身体表現でもできるはず。

3年後の実現を目標にしたワークショップ。

「もしかしたらナオキが演出するかもしれないし・・・」

えっと、聞いてませんけど、しゅうさん。
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2012年11月14日

ワークショップ覚書4

カツゼツがどうとか発声がどうとか言い方がどうとか。

僕はあんまり関係ないと思う。

いや関係ないことないけど、そこだけ見るのはどうかと思う。

まずはしっかりそこに立っていられるかどうか。

土台がグラグラしていたら末端だけ矯正しても無駄。

もともと根性論とかクソくらえと思うので
「朝から晩まで稽古場にいて、練習するヤツぁヘタでもえらい」
とかいう演出家にはついていけなかった。

内面は外見に出る。

posted by Naoki Saitoh at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月13日

ワークショップ覚書3

頭が身体に指令を出して動いている、
と思っているが実はそうではない。

身体が先に行動しているのに
能が「自分が指令を出した」と思い込んでいる。

という話を聞いたことがある。
間違いじゃなければ。

妙に間を取ってセリフを言ったりするが
それは頭が先行しているとき。

本当は行動が先のはず。

みんな本当はそうなっているはず。

が舞台に立つと違ってしまう。

反応できる身体を持つ。
posted by Naoki Saitoh at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月12日

ワークショップ覚書2

劇場に入ると急に発声練習したりカツゼツ練習をしだす人がいる。

もちろん悪くないし、それで効果がある人もいるだろう。

実際自分もやったりしていた。

が、今思うと気分だけ盛り上がっていただけでは。

浮足立って心ここにあらず。

情熱や根性だけではどうにもならない。

それよりも、もっと集中する方法があるはず。
posted by Naoki Saitoh at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月11日

ワークショップ覚書

自分の身体を触ってみる。

知ってるようで知らない自分の身体。

ここを押すと痛いとか痛くないとか。

頭だけ使って考えがち。

人と比べる前に自分の身体を知る。

身体の中は宇宙と同じくらい謎だらけ。
posted by Naoki Saitoh at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月10日

直感はほぼ正しい。

他人と同じ色を見ていると証明することはできない。

せいぜい「この赤はこの赤と同じ」
という確認作業ができるだけだ。

どんな色に映っているかは本人にしか分からない。
それも怪しいもんだけど。


同じものを見てもいろんな意見や感想がある。
そういうもんだろう。

同じ意見だったり、似たような感覚の人を見つけると嬉しくなる。

でも反対意見に耳を傾けることこそ貴重なことではないかと感じる今日この頃。

忌々しい過去や記憶も今の自分を構成しているのだ。


直感はほぼ正しい。
自分にとって。

人を言葉で説得するより自分の感覚を研ぎ澄ませていたい。
posted by Naoki Saitoh at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月09日

芸術家は自分のこと芸術家って言わないよなあ。

某オーディション。

シートに

「一番評価してもらいたいところはなんですか」

とあった。

一番評価してもらいたいこと?

んー困るなあ。

それはこちらが言うことでもないからなあ。

見たまんま評価してもらえればなあ。

みんな長々と書いているなあ。

よくそんなに書くことあるなあ。

困ったあげく

「自然体なところ」

と書いて出した。

いや、でもなあ、

自然な人は自分でそんなこと書かないよなあ。

もう終わったからいいか。
posted by Naoki Saitoh at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月08日

まあやることになったんですけどね。

某オーディション。

リーディング作品がが3本あり、
演出家の名前で唯一接点がある方を選んだ。

その方がやっていた劇団の元劇団員と何度か芝居をやったことがあり、
その元劇団員が「うちの座長がナオキさんのこと気に入ってます」
とかつて言われたような良い記憶があったので、
「ああ、これはいいきっかけだな」
と思ったのだ。

リーディングとはいえ芝居、
全員でエクササイズ。
ん、型にはまってない、いい感じだ。

短時間で数十人のオーディションを終え
最後に全員の前でその方が、

「あの、サイトウさんはおいくつですか?」

「44です」

(え〜!というどよめき)

「何年くらいやられてるんですか?」

「あ、ぼちぼち20年くらい・・・」

(ふーん、という微妙な反応)


ああ、やはりananの「覚えてもらえない男」10年連続ナンバー1は伊達じゃなかった。


どうでもいいけど20年ってすごい。
まあ切れ目なく仕事してるわけじゃないからギュッと縮めたら
その半分もいかないけど。
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2012年11月07日

「僕に炎の戦車を」

鄭義信さんの作品ですから覚悟して行きましたけど
やはり盛りだくさんでしたね。

ハングルと日本語が飛び交う芝居を初めて観たからかもしれないけど
韓国や在日の役者ってとてもベタな芝居が上手いと思った。

もちろんいい意味で言っているわけで、
怒りとか悲しみを躊躇なくぶつけてくる感じがするのだ。

それはもうナムサダンの演奏や踊りや曲芸を観ているだけでバスバス飛んでくるわけで
照れや衒いなくやってくれたほうがこちらも気持ちがいいのだ。
身体能力やその使い方にも表れている気がした。

別に彼らをたてたり、謙遜で言うわけでもないけど
日本人て人前に出たとき「こんなんやってます」っていう
薄いけれどものすごく破りにくい壁があるような気がするんだなあ。



それにしてもわがヒョンジェ、ソンハは珍しく人間役だった。
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2012年11月06日

「ファンタスティックス」

20年ほど前にブロードウェイの小さな劇場で観た覚えがある。

あの時に「四半世紀がどうの」と言っていたと思ったら
現在も上演され、52年のロングランを続けているとな。

当時は「ほほう」としか思わなかったけど
今観てみると感じることの多いこと。

シンプルで良質、ストレートで創造力を刺激する。
人間のなんと無垢なままでいられないことよ。

愛され続ける理由がわかった気がする。
あくまでも気が・・・

でもどう訳しても英語の韻の面白さが伝わりづらいのと
気軽に劇場に入れる環境でないのと料金が高いのと。

20年したらまた観るとするか。
posted by Naoki Saitoh at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年11月05日

青春の・・・はさすがに最近ないか。

愛の・・・とか
恋の・・・とか
人生の・・・とか
・・・の人とか

外国映画に邦題つけるのも大変なんだろうなあ。

なんか最近似たようなタイトルをみかける。

日本語ってのは豊かなんだかそうでないんだか。

アメリカ映画なんて個人の名前がそのままタイトルになってたりするのに。

日本人にわかりやすく、
ってのは限界があるような気がする。


わかりやすいものにしか手を出さない、
食べやすいものしか口にしない、
理解できるものしか見ない、


そんなことしてたら
どんどん小さくなっていく気がする。



それだとモノが売れなくて困る人がたくさんいるんだろうけど。
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2012年11月04日

無くなって本当に困るものはなんだろうかと考える

年末でもないのに大掃除。

普段着ない服とか聴かないCDとか観ないDVDとか使わないおもちゃ(?)とか、とか、とか・・・

いつもは気にしてもないのに
掃除のときだけ目にして

「んー、も少しとっとこう」

と、また押入れの奥に突っこむ。

ということは自分には必要ないはずなんだけど。

よく考えたら何も持っていなかったはずなんだけど。



神戸に行くまでにもう1回大掃除しよう。
posted by Naoki Saitoh at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記