2013年02月02日

カルメンという名の女7

これだけ長い間、東京を離れて舞台のために稽古したのは久しぶりだった。
(アロンの香港コンサートとかベティのマヨネーズとはまた違うけど)

キャストの半数は関東からの参加で半数は大阪や京都から通ってきていた。
中には片道2時間なんて人も。

ただでさえ終わったら脱力の毎日。
たとえばこれが東京での公演で、自宅からの通いだったとしたら
往復4時間の通勤(?)に耐えられただろうか。

彼らに比べたら時間的には余裕があったのは確かだ。
ただ、あったらあったで使ってしまうのが時間。

ある意味、小野寺さんもそうだった。

時間を忘れて稽古にのめり込む姿勢は
スムースクリミナルのマイケルも真っ青だった。

どうしたら面白くなるか、さらにいいものができるか、
休憩時間でさえも頭をフル回転させているように見えた。

まさに職人のようだった。

ここをもう1ミリ削ろうとか、装飾を彫ろうとか、材質はこれにしようとか
あるいはやはり最初から作りなおそう、とか。

「僕は演出家だ、言ったことを体現してくれるのが役者でしょ」

そんな言葉をボールペンと一緒に言い放った人に出会ったこともある。

まあ演出哲学はそれぞれかもしれないけど
休憩を終えて階段を駆け上がってくる小野寺さんを見ると
この人の信じているものを一緒に追ってみよう、

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そう思える刺激的な日々だった。
posted by Naoki Saitoh at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

カルメンという名の女6

どこの現場に行っても分類される。
年齢、性別、特技、経歴、有名無名、
先入観や偏見、思い込みが意識的無意識的に人をカテゴライズする。

この人は役者だから、ダンサーだから、パントマイマーだから、新人だから、売れてるから・・・

でも、自分で得意と思っているものがそうでもなく、
意識していない意外な可能性を秘めていることもある。

自分で「できない」と思い込んで本当に「できなくなってしまう」ことは多い。

小野寺さんは誰がなんのスペシャリストだろうとあらゆる可能性を探った。

普段セリフを発することのない「ダンサー」も喋らせたし、
ダンスはちょっと・・・という「役者」にも踊らせた。

自分は役者だ、ダンサーだ。
そんなこだわりは大したものではないように感じた。

ワークショップのときから感じていた、
自分の「底」に沈殿したものをかき混ぜられた感覚はこれだったのだ。

「あらゆる道を通ったほうが、たとえ最終的にその人の得意なことに特化されていくことになっても、ダンスならダンス、芝居なら芝居に必ずプラスになる」

小野寺さんはそう言っていた

ダウンロード (2).jpg

ような気がする。
飲みの席だったので正確には覚えていないけど。
posted by Naoki Saitoh at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記